おっさん、酔った勢いで子育てを語る

酔ったおっさんがとりあえず踊ってます

子供の物欲がどこかおかしい

子供と一緒に散歩に行くと、毎回おかしなことを言い出す。

真新しい家を見ると羨ましいのか、「この家がほしい。引越ししたい」
屋上がある家を見ると、「この家とうちを交換したい」
という具合である。

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もともと何でも欲しがる子供ではあるが、これは全然子供っぽくない欲である。
残念ながらパパは君がほしいような家を建てるだけの甲斐性はないので、自分でどうにかするか、渡辺篤史の後がまを狙って、自分の欲を満たしてくれ。

ぜひ住宅展示場に連れて行ってみたいものである。よく鼻血を出す子供なので、興奮のあまり、鼻血がとまらない気がする。

おしまい

才能を評価する

付き合いというか義理みたいなもので、年に数回、音楽のコンクールを観に行くというか聴きに行く。

演奏しているのは子供たちだ。審査員は三名いて、1日に何十人もの子供たちの演奏を聴き、瞬時に評価して、講評と得点をつけていく。一定以上の点数をとると、次のステージに行けるという流れだ。過去のステージの得点を持ち越すことはないので、常に一発勝負である。

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で、ズブの素人の自分からすると、その差が正直なところ、わからないのだ。一定の水準まで行くと、わずかだけど絶対的な差が生じるのは理屈としては理解できる。自分のような素人でもわかる明確なミスを除いては、子供の演奏とはいえ、その違いが本当にわからないのだ。

何となくわかるのは、機械のように正確に譜面をたどって演奏しても一定以上の評価を得ることはないということだ。写真そっくりな緻密な絵画がそれなりの評価しか得られないのと同じように。

最後にものを言うのは目利きに訴る力ということなのかと思う。ただそれが凡人である自分には、情緒的なものなのか緻密なものなのかは永遠にわからないことをだけは確かである。
自分に唯一わかることは才能を評価する人間の能力もまた半端ないということだけだ。

 

おしまい

 

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名物が生煮え野菜のモツ煮という店で恐妻家の煙突とメガジョッキで地盤強化工事をする男に遭遇した話

子供を習い事に送っていった後の空き時間、駅前をふらふらしていると、チンドン屋さんがチラシを配っている。とりあえずもらう。

九州っぽい名前の焼きとん屋の周年祭のチラシだ。モツ煮100円、ビール250円と書いてある。おトクに弱いので、時間潰しに行くことにする。

早速入店。カウンターがないので、一人だけどチラシのそばのテーブル席。とりあえずビールとモツ煮、焼きとんを何本か頼む。

ビールを飲みながらひと心地ついていると、通路挟んだ反対側の席の60ぐらいの夫婦の夫が厨房脇の食器返却口の前に行き、いきなりタバコを吸い始める。煙がこっちに流れてくる。臭い。こいつ、駄目な煙突だ。しかも使う前と思われる何枚も重なっている灰皿の一番上の灰皿に勝手に灰を落としているよ。

わし、煙は苦手だけど、常識的なタバコ飲みには寛大なつもりである。こいつみたいなのは受け入れがたい。いい歳して、きちんと気配りができない。気配りって、まずは周りにするべきものであって、家族にするにしてもそれは一番最後だ。
あんたのすべき正しい振る舞いは、テーブルで自分の妻を燻すか、店の外で吸うべきなんだよ。もっとも妻の前でタバコを吸うなんて、恐妻家のあんたにはどうせできないだろうけどな。

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などと思っていると、モツ煮が届く。グツグツ煮立っているよ。モツ煮って、そういうもんじゃないだろう。その割には野菜がシャキッとしているような。まずモツを一口。まぁ普通。大根を食べる。火がちゃんと入ってないよ。人参も口にする。生だよ。この店は、モツ煮の上にネギをのせる代わりに生野菜を入れるのか。厨房にいるバイトのあんちゃん、いい加減っぽいから仕方ないか。

などと毒づいていると、煙突の反対側で地盤強化工事の音が聞こえてくる。何事かと振り返ると、メガジョッキのビールを持ち上げた爺さんが重力に任せてジョッキを降ろす音だ。爺さん、ビールじゃなくて、さっきまで飲んでいた日本酒に戻ってくれと念じるも通じない。規則正しく続く工事の音に耐えられず、お会計することを決意。

バイトのあんちゃんと思っていた人が店長とわかり、二度目はないなと思いつつ、店を出る。

おしまい

小学生に幼稚園の付録のガシャポンを作らせてみた

久しぶりの子供ネタになります。色々話題になっている幼稚園10月号の付録のガシャポンを小学校中学年の子供に作らせてみました。

パーツを見てみると、筐体の窓とカプセルがプラスチック製で、残りは紙製でした。すでに1000円近い価格なので、これ以上パーツをお金をかけるのは難しいのは理解できるけど、筐体がプラ板だったりしたら、なお良かったと思います。
あと製作するにあたり、折り曲げたツメを固定するためのセロハンテープが必要になります。

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うちの子供の場合、途中手助けすることがありましたが、ほぼ放置で1時間強で完成させました。ガサツな性格なので、仕上がりが丁寧でないのはご愛嬌。触ってみると、思ったよりしっかりした作りになっています。全体の雰囲気も本物そっくりです。

カプセルには、すごろくのコマを入れるようになっているのですが、子供は手作りのクジも入れていました。ダイヤルを回すと、ちゃんとカプセルが出てきます。自分のクジはハズレでしたが、アタリだったら何をもらえたのでしょうか。
ガチャガチャは、大きいお友達を含め、子供のロマンですね。

おしまい

卓越した能力と華があって、初めて才能があるって言えると思い知らされた話

もう5年くらい前の子供の習い事での話になる。
教室の片隅で子供を着替えさせていた時、その教室の最高傑作というべき子が練習をしていた。で、たまたま練習場のほうを向くと、その子がタイミングよく跳んだのだけど、姿勢の美しさ、高さ、滞空時間、飛距離、そのどれもが凄すぎる。何よりも華がありました。いい歳した大人が見とれてしまうほどに。

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才能があるって、卓越していて当たり前、華や凄みも併せ持って初めて才能があると言えるんだと、思い知らされる。
そして華ってやつは持って生まれたもので、後からどうこうできるものではない残酷な代物である。最高傑作とその兄弟の違いをみて、そんなことを思った。

その後、その子の本番を何回も観る機会があったけど、自分の中では、あの練習場でのインパクトを越えるものはなかった。天才といえども最初に自分が与えたインパクトを越えるのは容易ではないんだなというか、天才だから自分の壁を乗り越えるのは難しいのか。

おしまい

 

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Nintendo Switchのおかげで、今までわからなかった「のれん」について、何となくわかった気がした話

たまには会社員っぽい話を書こう、ポンコツだけど。
新聞とか会計に出てくる「のれん」って言葉の意味わかります?東芝のニュースとかでよく出ていたやつ。
今まで新聞の今日の言葉みたいなやつを読んでもチンプンカンプン、ネットで調べてみても全然理解できなかった、馬鹿だから。それが本日何となく理解できた気がする。Nintendo Switchのおかげで。

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転売屋からメルカリかヤフオクを通じて定価29980円のSwitchを定価の1万円増しの39980円で買った際の定価との差額の1万円が「のれん」らしい。全然難しくないじゃん。ネットに書いてあったけど、本来の価格以上の価値を生んだブランド力が「のれん」のひとつみたい。自分解釈なので間違っていたら、ごめんなさい。

おまけにこれまたよく分からなかった減損損失についてもSwitchのおかげで理解できた気がする。ありがとう、任天堂

こういう難しいことの解説を書く人には、自分みたいな奴にでも、すんなり理解できるような例えを使って頂けると、本当に助かるのですが。

万が一アクセス数が多かったら減損損失についても書くかも。

おしまい